「この業務はSaaSで済ませるべきか、それとも自社用のアプリを作るべきか」。システムの相談を受けていると、いちばん多く出てくるのがこの問いです。以前であれば、中小企業や部署単位の案件では「まずSaaS、どうしても合わなければ高いお金をかけてスクラッチ開発」というのがほぼ決まった答えでした。

ところが、生成AIを使ったコーディングが広がったことで、この前提が少し揺らいでいます。小さな業務アプリなら短期間で動くものが作れるようになり、「作る」という選択肢が以前より身近になりました。一方で、作ったものを運用し続ける責任まで軽くなったわけではありません。

この記事は、SaaSの導入や乗り換えを検討している経営者・事業責任者・情報システム担当の方に向けて書いています。SaaSと自社開発それぞれのメリット・デメリットを公平に整理したうえで、AI開発によってその比較がどう変わったのか、変わっていないのはどこかを、できるだけ誇張せずにまとめました。最後に、判断のためのチェックリストと、AIで自社開発を進める場合の依頼の仕方も扱います。

SaaSのメリット・デメリット

SaaS(Software as a Service)は、米国国立標準技術研究所(NIST)のクラウドの定義では、提供者がクラウド上で動かしているアプリケーションを利用者が使える形態とされています。利用者はWebブラウザなどからアクセスし、基盤となるサーバーやOS、アプリケーションそのものは管理せず、設定できるのは限られた範囲にとどまる、という整理です(NIST SP 800-145)。この「中身は管理しない代わりに、管理の手間も負わない」という性質が、メリットとデメリットの両方の源になっています。

SaaSのメリット

  • すぐに使い始められる:契約してアカウントを作れば、その日から使えるものが多くあります。開発期間を待つ必要がありません。
  • 保守・運用を提供元が担う:サーバーの管理、障害対応、セキュリティ更新、バックアップは基本的に提供元の仕事です。社内に技術者がいなくても運用できます。
  • 機能が継続的に改善される:多くの利用企業の要望を受けて機能が追加されていきます。法改正への対応が必要な会計や労務の領域では、とくに大きな利点です。
  • 業務の型が手に入る:多くの会社で使われてきた画面や手順には、一定のベストプラクティスが反映されています。自社のやり方を見直すきっかけにもなります。
  • 初期費用を抑えやすい:月額や利用人数単位の料金体系が多く、まとまった初期投資なしに始められます。

SaaSのデメリット

  • 自社独自のやり方に合わせにくい:設定で変えられる範囲を超えた業務には対応できず、例外処理だけExcelに残る、という状態になりがちです。
  • 費用がかかり続ける:利用人数や期間に応じて料金が発生するため、長く使うほど、人が増えるほど総額は大きくなります。料金改定の影響も受けます。
  • ツールが増えて分散する:業務ごとに別のSaaSを契約すると、データがあちこちに散らばり、ツール間の転記という新しい手作業が生まれます。
  • 仕様の決定権がない:機能の廃止や画面の変更、サービス終了は提供元の判断で行われます。
  • データの持ち出しに制約がある場合がある:エクスポートできる項目や形式が限られていると、SaaSの乗り換えやほかのツールとの連携で苦労します。

従来型の自社開発のメリット・デメリット

ここでいう自社開発は、社内のエンジニアが作る内製と、開発会社に依頼する受託開発の両方を含みます。既製品を使わず、自社の業務に合わせてゼロから作る、いわゆるスクラッチ開発です。

自社開発のメリット

  • 業務にぴったり合わせられる:自社の商品構成、取引先ごとのルール、現場の確認手順をそのまま組み込めます。
  • 必要な機能だけに絞れる:使わない機能に費用を払う必要がなく、画面も目的に合わせて単純にできます。
  • 仕様を自社で決められる:いつ何を変えるか、いつまで使うかを自社で判断できます。
  • データを自社で管理できる:データの持ち方や保存場所、ほかのシステムとの連携方法を自由に設計できます。
  • 差別化の源泉になりうる:顧客体験や独自の業務の進め方そのものが強みであれば、それを支える仕組みを自社で持つ意味があります。

自社開発のデメリット

  • 初期費用が大きい:要件定義、設計、開発、テストと工程が多く、小さなツールでも一定の費用がかかってきました。
  • 完成まで時間がかかる:動くものを見られるまでに数か月かかることも珍しくなく、その間に業務のほうが変わってしまうこともあります。
  • 保守・運用を自社で負う:サーバーの管理、障害対応、セキュリティ更新、バックアップはすべて自社(または委託先)の責任です。
  • 作った人に依存しやすい:開発者が退職したり、開発会社との契約が切れたりすると、誰も直せなくなるリスクがあります。
  • 要件を固める負担が大きい:最初に仕様を詰め切る必要があり、完成してから「思っていたのと違う」となると手戻りの費用がかさみます。

こうして並べると、SaaSと自社開発はほぼ裏返しの関係にあることが分かります。SaaSは「合わせにくいが、すぐ使えて手間がかからない」、自社開発は「合わせられるが、時間とお金と手間がかかる」。従来の判断は、この交換条件をどう見るかという話でした。

AI開発で何が変わったか

生成AIを使ったコーディングは、この交換条件の一部を動かしました。ただし、動いたのは主に「作る」工程のコストと時間であり、「持ち続ける」ための負担はあまり変わっていません。項目ごとに整理すると次のようになります。

項目SaaS従来の自社開発AI開発による自社開発
最初に動くものができるまで契約後すぐ数週間〜数か月かかることが多い小規模なツールなら短期間で試作しやすくなった
小さな専用ツールの費用既存サービスで足りれば低い小規模でも割高になりがち小さく作る選択肢が現実的になった
業務への適合度設定の範囲内高い高い。細かな修正も繰り返しやすい
改修の速さ提供元の判断次第依頼・見積・開発で時間がかかる小さな変更は反映しやすくなった
試作のハードル無料試用で確認できる試作だけでも費用がかかる画面を見ながら要件を固める進め方がしやすくなった
保守・運用提供元が担う自社(委託先)が担う変わらず自社(委託先)が担う
セキュリティ提供元の対策に依存自社で確認が必要確認が必要。生成コードのレビューが加わる
コードの理解不要開発者が理解している誰も全体を理解していない状態が起こりうる
属人化・依存提供元に依存開発者・開発会社に依存変わらず依存する。作った人の手順にも依存しがち
サーバー・インフラ提供元が管理自社(委託先)が管理変わらず自社(委託先)が管理
データのバックアップ提供元が実施(範囲は契約次第)自社で設計・実施変わらず自社で設計・実施
AI機能の活用提供元が順次追加している自前で組み込む必要必要な箇所に組み込みやすくなった

変わったこと:作るまでの時間と、小さく作るコスト

もっとも大きな変化は、最初に動くものができるまでの時間です。入力フォーム、一覧と検索、CSVの取り込み、帳票の出力といった、業務アプリでよく使う部品は、AIに指示を出しながら組み立てると短時間で形になりやすくなりました。以前なら「この規模のために開発会社に頼むのは割に合わない」と見送られていた小さな専用ツールも、作る選択肢に入るようになっています。

実験データもあります。GitHubとMicrosoftの研究者らが行った実験では、Upworkで募集した95人の開発者を2つのグループに分け、JavaScriptでHTTPサーバーを実装するという決まった課題に取り組んでもらいました。AIによるコード補完ツールのGitHub Copilotを使ったグループは、使わなかったグループより55.8%速く課題を終えたと報告されています(Peng et al., 2023)。ただし著者自身が、これは標準化された一つの課題での結果であり、大規模な実務プロジェクトやコードの品質については検証していないと述べています。

反対の結果も出ています。研究機関METRが2025年2〜6月に行った実験では、大規模なオープンソースプロジェクトに長く関わってきた経験豊富な開発者16人が、自分のプロジェクトの実際の課題246件に取り組みました。AIツールの使用を認めた課題では、完了までの時間がむしろ19%長くなったという結果です。しかも参加者は、終わったあとも「AIで20%速くなった」と感じていたと報告されています(METR, 2025)。こちらも少人数で特定の条件下の結果であり、研究者は一般化には慎重であるべきだとしています。

この二つを並べると、AIの効果は「何を、誰が、どんな状態のコードで作るか」によって大きく変わると考えるのが妥当です。まっさらな状態から比較的定型的なものを作る場面では速くなりやすく、長年の経緯がある大きなコードを熟知した人が改修する場面では、必ずしも速くならない。業務用の小さなツールを新しく作るのは前者に近い場面ですが、「AIを使えば何でも何割速くなる」と言える根拠はない、というのが正直なところです。

もう一つの変化は、試作のハードルが下がったことです。従来は「仕様書を固めてから作る」のが基本でしたが、今は簡単な試作品を先に作り、実際に画面を触りながら要件を詰める進め方を取りやすくなりました。完成後の「思っていたのと違う」を減らす余地が広がった、と言えます。

変わらないこと:持ち続けるための責任

一方で、SaaSが提供元に任せていた部分は、AIで作っても自社側に残ります。

  • 保守・運用:ライブラリの更新、ブラウザやOSの変化への対応、不具合の修正は、作った後もずっと発生します。作るのが速くなっても、この仕事がなくなるわけではありません。
  • セキュリティの確認:AIが生成したコードにも、認証の抜けや入力値の検証不足といった問題が含まれることがあります。個人情報や取引情報を扱うなら、人の目による確認は欠かせません。
  • コードの理解:AIに任せて作ると、動いてはいるが中身を誰もきちんと説明できない、という状態が起こりえます。これは不具合が出たときの対応を難しくします。
  • 作った人・依頼先への依存:内製でも受託でも、特定の人や会社にしか直せない状態になるリスクは従来と同じです。どのAIツールにどう指示して作ったかが共有されていないと、別の人が引き継ぎにくくなります。
  • サーバーとアカウントの管理:ホスティングやドメイン、外部サービスのアカウントを誰の名義で持ち、誰が費用を払い、誰が障害に気づくのか。ここはAIでは解決しません。
  • データのバックアップ:バックアップの頻度、保存先、復元の手順を決め、実際に復元できるか確かめておく必要があります。

また、SaaSの側も止まってはいません。多くのSaaSが要約や文章作成、データ分析などのAI機能を追加しており、「AIを使いたいから自社開発する」という理由だけでは、SaaSとの差になりにくくなっています。比較するときは、現時点のSaaSの機能を確認してから判断するのが確実です。

まとめると、AI開発は自社開発の「入口のコスト」を下げましたが、「維持のコスト」はそれほど下げていません。この非対称を理解しておくことが、判断を誤らないための要点です。

SaaSか自社開発かを決める判断基準

次のチェックリストで、当てはまる項目が多いほうに寄せて考えてみてください。

SaaSが向いている条件

  • 会計、労務、勤怠のように、法令や一般的な商習慣に沿った業務である
  • 自社のやり方をSaaSの標準に合わせても、大きな問題がない
  • 社内にシステムを見られる人がおらず、外部に保守を頼む予定もない
  • 停止が許されない業務で、障害対応の体制を自前で持てない
  • 求める機能を備えたSaaSが実際に存在し、試用で確認できた

自社開発(AI開発を含む)が向いている条件

  • 業務が自社特有で、SaaSでは例外処理が多く残る
  • 複数のSaaSや社内ファイルの間で転記作業が発生している
  • 必要なのは小さな機能で、多機能なSaaSは持て余している
  • 業務の進め方そのものが競争力に関わっている
  • 作った後の保守を、社内または依頼先で継続して担える見込みがある

最後の項目は重要です。ほかの条件がそろっていても、保守の担い手が見つからないなら、SaaSを選ぶか、保守の体制を先に決めるべきです。

ハイブリッドという選択肢

実際の現場では、どちらか一方に決めるより、組み合わせたほうがうまくいくことが多くあります。

  1. コアはSaaS、周辺を小さく作る:顧客管理や会計はSaaSを使い、そのAPIやエクスポートデータを使って、自社向けの集計、通知、入力補助といった小さなツールを作る形です。安定性が求められる部分は提供元に任せつつ、自社特有の部分だけを補えます。AI開発で小さなツールを作りやすくなったことで、とくに現実的になった選択肢です。
  2. まずSaaSで始め、合わない部分が見えてから作る:最初から要件を決め切れないなら、SaaSで運用してみて、どこに無理が出るかを確かめてから自社開発に進む方法です。SaaSを使った経験そのものが、要件定義の材料になります。
  3. AIでMVPを作ってから決める:最小限の機能を持つ試作品(MVP)をAI開発で作り、現場で使ってもらってから、本格的に作り込むか、SaaSに切り替えるかを判断する方法です。試作の費用を「判断のための調査費」と考えると、失敗しても得るものがあります。

想定シナリオで考える

以下は、判断の考え方を示すための架空の例です。実在の企業や事例ではありません。

シナリオ1:複数店舗を持つ飲食店の日報と発注

会計と勤怠はすでにSaaSを使っている。困っているのは、各店舗の日報と食材の発注がLINEと紙に分散していることです。この場合、会計や勤怠を作り直す理由はありません。日報と発注の入力フォーム、本部向けの一覧だけを小さく作り、必要なデータは会計SaaSにCSVで渡す、というハイブリッド型が考えやすい形です。

シナリオ2:専門商社の見積業務

取引先ごとに掛け率や端数処理のルールが異なり、SaaSの見積機能では表現できない。担当のベテラン社員がExcelで管理している。この場合は、ルールを言葉にしたうえで、まずAI開発で見積計算の部分だけを試作し、ベテラン社員に実際の案件で試してもらうのが第一歩です。計算結果が一致すると確認できてから、承認や帳票出力に範囲を広げていきます。

シナリオ3:スタートアップの顧客管理

事業の形がまだ固まっておらず、営業の進め方も毎月変わっている。この段階で自社開発すると、作ったものがすぐに合わなくなる可能性があります。まずは汎用的な顧客管理SaaSで運用し、自社の営業プロセスが固まってきた時点で、足りない部分を作るかどうか判断するのが無理のない順番です。

AI開発で自社アプリを作る場合の進め方

自社開発を選び、社内に作り手がいない場合は、AIを使った受託開発を依頼することになります。依頼の前後で確認しておきたい点をまとめます。

依頼時に伝えること

困っている業務、作りたいものの完成イメージ、使う人と人数、扱うデータ、連携したいSaaSやファイル、必須の機能とあれば嬉しい機能の区別を、普段の言葉で書き出します。今使っているSaaSやExcelの画面、個人情報をダミーに置き換えたサンプルデータがあると、話が早く進みます。

コードとアカウントの所有を決める

納品物にソースコードが含まれるか、著作権や利用権がどちらに帰属するかを、契約の段階で確認します。あわせて、サーバー、ドメイン、データベース、外部APIなどのアカウントを、できるだけ自社名義で持つようにしておくと、依頼先が変わっても引き継ぎやすくなります。どのAIツールを使い、どんな構成で作ったかを簡単な文書に残してもらうことも、依存を減らすうえで効果があります。

保守の取り決めをしておく

納品後の不具合修正の期間と範囲、小さな改修の依頼方法と費用の考え方、セキュリティ更新を誰が行うか、バックアップの方法と復元の手順を、事前に取り決めておきます。「作るのは速いが、直す人がいない」という状態を避けるためにも、ここは作る前に決めておくべき部分です。

当サイトでは、AIを使って開発を行う VibeCoder への開発依頼を受け付けています。小さな業務ツールやSaaSの周辺ツール、判断のためのMVPの相談も可能です。依頼の送信は無料で、担当者より2〜3営業日以内にご連絡します。

よくある質問

AIで作れば、SaaSの月額より安くなりますか

一概には言えません。開発費用は下げやすくなりましたが、サーバー代や保守の費用は作った後もかかり続けます。比べるなら、SaaSの利用料と、自社開発の開発費に数年分の運用・保守費を足した総額で見る必要があります。利用人数が多く、必要な機能が少ないほど、自社開発が有利になりやすい傾向があります。

今使っているSaaSからの乗り換えは難しいですか

難しさは、データをどこまで取り出せるかで大きく変わります。乗り換えを考えるなら、まず現在のSaaSのエクスポート機能で、必要な項目がすべて取り出せるかを確認してください。取り出せないデータがある場合は、移行の範囲を絞るか、SaaSを残したまま周辺ツールを作る形も検討します。

AIが書いたコードのセキュリティは大丈夫ですか

AIが書いたかどうかにかかわらず、コードには確認が必要です。とくにログイン、権限、外部からの入力、個人情報の保存にかかわる部分は、開発者によるレビューとテストを行うことが前提です。依頼する場合は、どのような確認を行うのかを事前に聞いておくと安心です。

社内にエンジニアがいなくても自社開発はできますか

依頼すること自体は可能です。ただし、社内の窓口になる担当者は必要です。要件の確認や試作品の評価、導入後の改修の相談を受ける役割を担う人がいないと、完成したツールが業務に定着しにくくなります。

内製化とAI受託開発、どちらがよいですか

継続的に改修が発生し、社内に学ぶ意欲のある人がいるなら、AIツールを使った内製化にも十分な意味があります。一方、単発のツールや、セキュリティや設計の判断に経験が必要なものは、受託開発で作ってもらい、保守の取り決めをしておくほうが確実です。最初は依頼して作り、構成を理解しながら徐々に内製に移す、という進め方もあります。

開発にはどのくらいの期間がかかりますか

作るものの内容と規模によって大きく変わります。当サイトへのご依頼では最速1日で納品できる場合もありますが、納期は内容・規模によって異なります。要件が整理されているほど見通しも立てやすくなります。

参考

まとめ

SaaSと自社開発は、「すぐ使えて手間がかからないが合わせにくい」と「合わせられるが時間とお金と手間がかかる」という交換条件の関係にあります。AI開発は、このうち自社開発の時間と初期コスト、試作のハードルを下げ、小さな専用ツールを作る余地を広げました。一方で、保守・運用、セキュリティの確認、コードの理解、サーバーやデータの管理といった「持ち続けるための責任」は変わらず残ります。

  • 法令対応や汎用的な業務はSaaS、自社特有の業務や転記の解消は自社開発が向きやすい
  • AI開発の効果は条件によって異なり、研究結果も一様ではない
  • コアはSaaS、周辺を小さく作るハイブリッドが現実的な選択肢になった
  • 作る前に、コードとアカウントの所有、保守の担い手を決めておく

「作るか、使うか」を二択で考えず、どこをSaaSに任せ、どこを自社の手で作るかを業務ごとに切り分けていくことが、AI時代の判断のしかただと考えています。

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